男友達


「お前は新鮮なことをいう奴だな」
 受話器の向こうで、悠斗が笑った。
「変人だと言いたいんだろう?」
 あたしは試すように言う。
「いや、そういう意味じゃない。俺は、お前のことを変人だなんて思ってないよ。俺にはない方法で…俺だけじゃなく、普通の人が持てないような方法で、物事を見てる。そういう視点、大事だと思うな」
「普通の人が持てないような方法、か。やっぱりあたしは普通じゃないって言うんだな」
「いや、違うって! そうじゃなくて、さ…」
 慌てて弁解しようとする悠斗の声を聞いて、あたしは思わず吹き出す。ごちゃごちゃと何か呟いていた悠斗も、やがて、一緒になって笑い出した。
「いいよ。あたしは変人で。むしろ、それを誇りに思ってるよ」
「そっか。…お前みたいな奴に会えて良かったよ。大切な相談相手だ」
 急に真面目な声で悠斗が言った。普通の女だったら、自分に気があるのではないかと、どきっとしてしまうセリフかも知れない。しかし、あたしには恥ずかしいという気持ちも、むず痒くなるような気持ちもなかった。ただ、純粋に嬉しいだけ。
 そんなことを伝えようと思ったら、悠斗の家のチャイムが聞こえた。あ、と悠斗が声を漏らした。
「聡美か?」
「多分。こんな夜遅くに、何の用だよ…」 
「別に、用なんてないだろう。恋人なんて、理由がなくても一緒にいるものだろ?」
「ん、まぁ、それは…」
「じゃ、またな」
 あたしは悠斗の返事も待たずに、ぷつりと電話を切った。よくあることだ。もう慣れている。
 訪れた静寂を聞きながら、あたしは少しだけ、悠斗と聡美の会話を想像してみた。

『ねぇ、誰と話していたの? またあの女の子なの?』
『そうだけど…ただの部活仲間だよ』
『私になんて飽きちゃったんでしょう。その子のことが好きなのね!』
『違う! そうじゃないよ!』

 冷や汗を流す悠斗の姿が、目に浮かぶようである。可哀相な悠斗。あたしの所為で、彼女との関係が悪くなるんだ。
 悠斗は穏やかな性格で、人からの信頼が厚い。だから最近、投票によって弓道部の部長に就任したのだが、優しさ故に何でも自分で抱えてしまおうとして、あっぷあっぷしているのだ。
 その相談相手があたしだ。悠斗から見ると、他人とは違ったあたしの意見は新鮮に聞こえるし、どことなく納得できるらしい。それ故、あたしは度々、悠斗から相談の電話を受けるというわけだ。
 悠斗が部長になる前は、あたしが悠斗を頼っていた。悠斗は、あたしの悩みを真剣に聞いて理解してくれた、数少ない友達だ。
 あたしの悩み――すなわち、あたしが同性愛者レズビアンだという悩みを。
 あたしたちの関係に、恋愛関係はありえない。それ故の安心感があった。性別を超えて、心だけを見つめられる関係。あたしは、この特別な関係を大切にしたかった。
 だが、周りに理解されにくいことであるが故、罪悪感もまた、感じずにはいられないのである。
 現に悠斗の恋人・聡美は、あたしを浮気相手だと思い始めているではないか。
 あたしは、女だ。化粧をしたい。可愛い服も着たい。髪も伸ばしたい。
 でも、それで悠斗と一緒にいられなくなるなら。女であることが、不都合なのだとしたら――
 あたしは自分らしさを犠牲にして、女を辞めようと思った。


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