TEARS1224


 今日も寒いなぁ…。雪がちらついてきたよ。
 あ! ねぇ、そこの君。
 きょろきょろしたって、君しかいないよ。君に話しかけているの。
 そんなに驚いた顔しないでよ。そりゃ、こんな路地裏でこんな汚い身なりの女の子に話しかけられてるんだから、無理もないけどさ。
 ところでさ、ここで会ったのも何かの縁だよね。君、時間はある? …あるんだね?
 ――それじゃ、雪がやむまで、少しばかり私の話を聞いていってくれないかな?

       
 さて、何から話そうかな…。
 君、さっきから私の服が気になるみたいだね。そう、この制服は、君の高校の女子の制服のなれの果て。つまり私は、君と同じ高校に通っていたってことだね。
 卒業生かって? …残念ながら卒業はできなかったんだ。だからって、成績劣等だったわけじゃないよ。国語は本当に苦手だったけど、数学なんていつも十番以内だったんだから!
 でも、私は高校を退学になった。どうしてかって? 気になるでしょ。だけどそれは、後回し。最後の最後に話したいことだから。
 さて、私が在学していたころの話をしようかな。
 もう、三年は経つのかなぁ。私は君と同じ高校の一年生だった。内気な子だったんだな、私。高校っていう新しい環境の中でなかなか友達ができなかったんだ。
 そんなある日、私は唐突に、私の名前を初めて呼んでくれた女の子に出会った。のぞみって名前の子。クラスの中では、間違いなく可愛い部類に入る子だった。
 忘れもしない。彼女が私を、「ルイ」って呼んでくれたときの声。最初は信じられなかった。だけど彼女は、確かに私を見てそう言ったんだ。
 私たちはすぐに仲良くなった。希はクラスの中心にいる子だったから、いつの間にか私の周りにも希の友達が集まるようになった。
 ――幸せだったよ。
 本当に幸せで、信じられないくらいだった。
 希たちは、私をよく映画に連れて行ってくれた。しかも、決まって話題の感動作。私が内気だったから、そういう静かな内容の物語が好きだと思われてたんだね。だけど、本当は私、そういうのよりは、冒険ものとかアクション映画とか、もっと元気が出るような物語が好きだった。でもせっかく友達が勧めてくれるんだから、って思って、全部見にいったよ。…嘘っぽい恋愛モノとか退屈で、途中で爆睡してたけどね。
 でも、希たちはそうじゃないんだ。すごく真剣に映画を見てね、泣くの! それって不思議だと思わない? 映画の中なんて、作りモノの世界。悲しむのも、嬉しがるのも、みんな映画の中の作りモノの人たちだ。どうして希たちが泣くか、ずっと不思議だった。
 そんなことが繰り返されて、半年は経った頃。ある日、希の友達の一人がね、私にこう言った。
「ルイは冷たいんだね」って。
 どうして突然そんなこと言われるのか分からなくて、理由を聞いたら、こう言われた。
「ルイには人の心が分からないから、映画を見たりしたって泣けないんだよ」
 不可解な言葉。私、その子に言ったんだ。作りモノの世界を見て泣いちゃう君の方が変なんじゃないの? ってさ。そしたらその子、すごく怒った。激昂って言葉がぴったりの態度だった。
 それからその子、教室に戻って友達を集めてさ、こっちをちらちら見ながらみんなと声をひそめて喋ってるの。会話は聞こえなかったけど、悪口言われてるって、すぐに気付いたよ。
 その日から、私の生活は地獄のようになった。今までの楽しかった生活に、ぼーんと大きなマイナスの符号がついた感じ。ものすごい豹変ぶりだった。
 毎日私の物が、一つひとつなくなっていった。教科書、ノート、色ペンもぜーんぶ。しまいにはペンケースも行方不明。近くにいた友達も、希さえも、私の側から消えた。
 だけど私、平気だったよ。最初はショックだったけど、すぐに慣れた。よく考えれば、入学してすぐの私は、こんなふうに独りぼっちだったんだなって。そう思ったら、寂しくもなくなった。

 だいぶ寒くなってきた頃だったな。私はいつものように登校して、席に着いた。そして、興味もない教科書を広げて読むふりをしながら、みんなの話に耳を傾けていた。
 人気のアーティストの話とか、ゲームの話とか、私の悪口とか、そんな会話が教室中に溢れてた。そんなときに、私の耳にね、気になる言葉が入ってきたんだ。
「やっぱりルイには、本当のことを言ってあげた方がいいよ」
 よく知っている声だった。――希の声。振り返ると、私の視線に気付いた希は慌てて目を逸らした。そして友達と、楽しそうに別の話を始めた。
 ――本当のことって、何だろう?
 私は一日中、そのことを考えていたよ。

 放課後、私は朝と同じように、教科書を広げて読むふりをしていた。みんなが帰るときに教室を出ると、廊下にひしめくみんなの視線が気になっちゃうからね。 みんながいなくなるのを、毎日そうやって待っていたんだ。
 そんなとき、不意に私の肩を叩いた人がいた。振り返ると……希だった。私は驚いて、意味もなく立ち上がっちゃったよ。
「話があるから、ついてきて」
 希はなんだか、真面目な顔で言ってきた。朝言ってた、『本当のこと』の話かな? 私は奇妙に思いながらも希についていった。こんなふうになる前は、一番仲のいい友達だったからね。久し振りに希と話ができるのが、 嬉しいっていう気持ちもあったんだ。
 希は、普段立ち入り禁止の階段を堂々と上った。屋上に続く階段。冷たい風が吹いていて、本当に寒かったな。天気予報でも、雪が降るって言ってたからね。
 希はいつもと様子が違った。いつもきゃあきゃあ騒いで笑っているのに、なんだか、悲しげな顔をしてたんだ。
「ルイ。ルイは今、寂しくないの? 教室に独りぼっちでいて」
 希の質問に、私は即答で寂しくないって言った。そんなの慣れちゃったよ、って。そしたら希、もっと悲しそうな顔をしたんだ。
「ルイは、泣きたくなったことないの?」
 私は頷いた。私、すぐ泣いちゃうほどヤワじゃない。すると、希はうつむいた。なんだか、希の方が泣きそうだった。
「お願い、ルイ。泣いて」
 私は首を傾げた.。『泣いて』? それってどういうことだろう。人から泣くように頼まれたのなんて、初めてだった。
「明日までに泣かないと、ルイ、棄てられちゃうよ?」
 訳が分からなかった。棄てられちゃう? どうして? 私、犬とか猫じゃないんだし。それに、明日までに? 明日は、クリスマスイヴ。私の誕生日だ。
「ルイ…本当に泣けない? 本当に悲しくならない?」
 どうしてそんな、変なこと訊くんだろう? 私、何て言えばいいのか分からなくなっちゃった。だから、この場を繋ぐつもりで、逆に訊いたんだ。
 朝言ってた『本当のこと』って、何なの? ……って。
 そしたら希、ついに泣き出した。私は驚いて、何も言えなかった。泣きながら、希は叫んだ。
「ルイは機械人形なのよ! 『TEARS1224』っていう、世界で初めての、涙を流せる機械人形! ルイはここで、ちゃんと泣けるかどうか実験されてたの!  もし明日までに泣けなかったら、ルイは廃棄されちゃうの!」
 何言ってるんだろう? 私は本気で、希の頭がおかしくなったんじゃないかって思った。だって私、みんなと同じだもの。ちゃんと家族もいるもの。 機械人形だったら、家族はいないはずでしょ?
 私がどうしても信じないって分かったら、希、突然包丁を取り出した。その日は家庭科で調理実習があったから、そのときくすねたのかも。希は躊躇いなくそれを私に向けてきた。
 私は逃げたよ。怖かったもの。でも、足を滑らせて、転んじゃったんだ。希が、仰向けに倒れた私にのしかかってきた。そして、包丁を振り上げたんだ。私は、ぎゅっと目を閉じた。
 ――金属同士がぶつかる、嫌な音がしたよ。
「痛くないでしょ…?」
 私が目を開けると、希は立ち上がって、泣きながら私を見下ろしていた。包丁は私の胸に、深々と刺さっていた。でも、血は一滴も出てなかったんだ。痛くなかった。そういえば、今更かも知れないけど、『痛い』ってなんだろう? 自分が『痛み』を感じられないんだって気が付いたのは、そのとき。
「ルイ、今、悲しい?」
 私は、少し考え込んだ。戸惑ってはいる。なんだか自分、本当に機械人形らしいし。でも、悲しいと言うのとは、また別の感情。
「クラスのみんなも知ってたのよ。だからみんなルイを映画に連れていって泣いてもらおうとしたの。でも、ダメだった。だから今度は、嫌なやり方だけど、ルイをみんなでいじめて、泣かせようとしたの。でも、ルイ、全然平気そう…。ねぇ、ルイ。ルイはこのままじゃ、明日棄てられちゃう。そう考えても、悲しくならないの?」
 悲しくならなかった。それよりも、本当のことが分かって、安心しちゃったんだ。なんか、もういいよ。明日棄てられちゃうらしいけど、みんなが私のことを考えてくれてたんだと思うと、嬉しささえ感じてしまうくらい。私は希にそう言った。
「ダメだよ、ルイ…! そんなふうに考えるのは、ダメ!」
 希はそう叫んだけど、私の気持ちは変わらなかった。そしたら希、突然屋上の柵に近づいてね……上り始めたんだ。
 危ない! って。叫んだときは、もう遅かった。希は降り始めた雪と一緒に、下へ下へ、落ちて行ったんだ――
 私はその時、すっ、と頬を伝う何かに気が付いた。
 それが『涙』だって気付くには、少し時間が必要だったけど。

 私は、希の命と引き換えに、自分の命――機械だから命って言えるのか分からないけど――まぁ、命を救われた。
 だけどね、希がいなくなってしまったことは辛かった。それに泣けるって実証されたから、私は直に偽物の家族や学校のみんなから離されて、私を作った人の所に帰されて、色々と改良されるんだって。それから私、商品化されるんだって。
 私は人と一緒に泣くことで、痛みを半分背負ってあげるために作られた機械。でも、私に出来たのは、希を苦しめて泣かせることだけだった。
 だから私……こんな苦しいこと繰り返すのが嫌で、言ったんだ。  
 私は希を屋上から突き落としました、ってね。
 勿論証拠なんてなかったけど、私は機械だし、誰もそれを疑わなかった。そしたら私は、すぐに廃棄処分されることになったよ。
 だけど、せっかく希に助けてもらったのに、あっさり棄てられちゃうなんて、堪えられなかった。だから私は逃げて、それ以来ずっと、この路地に隠れてる。

 君、泣いてるね。今まで私の話を聞いてくれた人も、そんなふうに泣いてくれたよ。
 私は人を泣かせちゃう不良品。だけど通りすがりの人が、私の話は人を温かくできるんだって教えてくれた。
 涙って、冷たくて悲しいだけのモノじゃない。泣かせることだって、悪いことばかりじゃないんだね。本来の目的とずれてるわけだから、私を作った人は怒るかも知れないけど。
 あ! 雪がやんだね。暗くなってきたし、帰った方がいい。今日は話を聞いてくれて、ありがとう。また暇な時、来てくれたら嬉しいな。私、暇を持て余しているからさ。
 ところで、どうして私が君に話しかけたか分かる?
 君が、私と似た表情かおをしているからだよ。
 ――君が、希みたいな友達を持てることを、祈っているからね。


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