帰らぬ時 〜一人〜


 暗闇の中、泣いていたことを覚えている。
 まだ、12歳になって間もない頃だった。突然独りぼっちになったのは。
 星のない夜の恐ろしさを、その時初めて感じた。 もしも彼が見つけてくれなかったら、自分は一体どうなっていたのだろう。 今だから心の底から感謝できるが、その時は大切なものを失った哀しみでいっぱいで、胸の中に喜びを宿している余裕も礼を言う余裕もなかった。
 そんな状態だったから、彼を正面から見上げるという単純な動作さえすぐには出来なかった。 ようやく落ちついて彼の顔を見ることが出来たのは、拾われて2日か3日経った頃だ。
 その時真っ先に目に飛び込んできたのは、彼が左の耳にだけ付けていた紫のイヤリングだった。
 ある程度心の整理がついて、新しい生活に馴染なじんできた頃に、訊いてみたことがある。
「そのイヤリングって、何か大切なものなの?」
 彼は肩を竦め、何処か哀しげに笑ってこう答えた。
「ジジィの形見」
 彼の言う『ジジィ』の話は、その後も何度か聞くことになる。捨て子だった彼を育ててくれた老人のことらしい。 彼はその人のことを話す度に、ほんの少しだが顔を曇らせた。 12歳の子供にでも、彼とその人の間には何かつらいことがあったのだろう、という予測くらいは付くものだ。 だからその人について、詳しいことは今でも知らない。
 そしてもう、知るすべもない。
 だって、彼は、死んでしまったのだから。
 『ジジィ』のイヤリングを、今度は自分の形見にして。


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