みらいのじぶんへ
中学二年生の成績を決める学年末テストまで、もう一週間を切っていた。
私は決して勉強ができるわけではない。しかし、今の私には勉強する気力がなかった。
そろそろ受験のことを考えなくてはいけない時期だということは分かっているのだが、
まだ見えない未来を想像すると憂鬱で仕方ない。
小さな頃はいつだってきらきらしていた未来が、今はすっかり霧に包まれている。この霧は、成長して知識を手に入れるだけ濃くなっていくから厄介だ。
それでも、いつまでもこうしてはいられない。私はようやく、だらだらと身を起こした。 机の上には、山積みの教科書とワーク。
見たくない。
開きたくない。
………駄目だ。やっぱりやる気ゼロ。
けれども私はぼんやりとした頭を振って、なんとか無気力感を外に追い出した。
そうだ、掃除をしよう。
テストが近くなってから部屋の掃除を始めるのは、私の癖だった。
勉強するにはまず部屋を綺麗にしなければ、と思っての行動なのだが、実際は掃除のせいで時間を削られている。つまり、都合の良い現実逃避なのである。
手始めに机の引き出しを力強く開ける。思いがけない大きな音と共に引き出しが飛び出し、中身が虚しく散乱した。ストッパーが壊れかけていたのだ。
勢いよく引っ張った所為で外れてしまったのだろう。
大きく溜め息を吐き、ますます塞ぎ込んだ気分で、私は仕方なくばらばらになってしまった引き出しの中身を拾い集めた。
割れた貝殻、折れた鉛筆、乾燥した粘土のかたまり――小学一年生の時からこの部屋を使っているためか、時折引き出しからは不思議なものが出てくる。
ほら、また変なものが出てきた。
私は輪ゴムでとめられた手紙の束を拾い上げた。ミミズが身もだえた軌跡のような字で、派手な封筒に小さい頃の友達の名前が書いてある。
そういえば、流行ったな――文通。毎日顔を合わせて、放課後まで一緒に遊んでいたくせに、訳もなく毎日手紙を交換していた時期があったっけ。
私は手紙の束を広げて、端から封筒を開けて読み始めた。
『きょうはなわとびやってたのしかったね。またあしたもあそぼうね』
『またおにごっこやろうね』
『あしたはこうえんにいこうね』
微笑ましさを覚えながら、手紙を次々と開けていく。だが、私の手はある一通の手紙を目にしてふと止まった。
未開封のものが混ざっていたのだ。毎日文通していたのに、読み忘れるなんてことがあったのだろうか。
封筒の宛名には、こう書いてある。
『みらいのじぶんへ』
差出人の名前は、『みき』。私の名前だ。
私はびりびりと封筒を破り、その不思議な手紙を広げて読み始めた。そこには、ずっと昔の――小学一年生の自分がいた。
『みらいのじぶんへ
きょう、六ねんせいが、おてがみをいれたタイムカプセルをうめてたよ。
だからみきも、みらいのじぶんに、おてがみをかいてみたよ。
いまこのおてがみをよんでるみきは、何さいですか? いま、何をしてますか? じゅういさんになってますか?
まいにちおしごとたいへんだけど、がんばってね。みきも、おべんきょうがんばるよ。
一ねんせいのみきより』
私は手紙をもう一度眺め直した。
獣医――それは、小さな頃からの夢だった。今だって、将来獣医になりたいと思っている。
けれど、小さな頃とはもう違う。夢が、もう『夢』であってはいけないのだ。本当に叶えたいのならば、『夢』でなく『目標』としなければならない。
――私にそれができる?
私は夢と希望とに溢れた心を持っていた自分からの手紙を、びりびりに引き裂いた。
そうすることで、おとぎ話の世界から抜け出せるような気がしたから。
その夜、私は埃をかぶっていたレターセットを取り出して、久し振りに手紙を書いた。
宛名は、『未来の自分』。
その手紙は、引き出しの底にそっとしのばせた。いつか掃除をした時にでも、偶然自分の目に止まるように。
それから私は、数学のワークを広げた。
霧の合間から、少しだけ綺麗な未来が見えた気がした。
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