歴史のプリント一枚


 明日は世界史のテストだ。
 私は溜め息混じりにプリントを眺める。それはナポレオンの生涯がコンパクトにまとめられたもので、 これさえ完璧にすれば三割は確実に得点できるという代物である。
 一夜漬けという無謀な手段に出た私は、最後の希望をこのプリントに託しているのだ。

 コルシカ島に誕生。
 ブリュメール十八日のクーデタで、統領政府を樹立。
 国民投票によって皇帝になる。
 ライプチヒの戦いに負けてエルバ島に流されるが、脱出して再び皇帝に返り咲く。
 しかしワーテルローの戦いに敗北すると、セントヘレナ島に流され、生涯を終える――……

 つまらない。
 一向に頭に入ってこない。
 自分の波乱に満ちた人生を、遠い未来の異国の少女が寝惚け眼で見つめているなんて、 天下のナポレオンも考えなかっただろうな。
 ――なんだか、ズルイかもしれない。
 私が生きているこの時代も、いつかはこんなふうにつまらないプリントにまとめられてしまうのだろうか。遥か未来、遠い国の誰かに、眠そうな目で眺められるのかもしれない。
 ――なるほど、それは考え方によっては羨ましい話である。
 きっとそこには、煩わしいことなんか書かれていなくて、覚えるに値する単語がズラズラと並んでいるだけなのだ。
 悲しみも苦しみも行の間にすっかり姿を隠して、感情を持たない字面だけが残っているのだ。
 ――未来の人は、羨ましい。
 そういえば、ナポレオンは世界史が得意だったという。もしかしたら彼も、私と同じことを考えていたのだろうか。彼の時代にも、悲しみや苦しみが溢れていて、息が詰まりそうな思いをしていたのだろうか。
 私は、目を閉じる。

 ――どうやら、誰も歴史の傍観者にはなれないようだ。


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