戦わない生き物


 一人暮らしの私のアパートに、今日は無邪気な笑い声が聞こえる。姉に頼まれ、一日だけここで姪っ子を預かることになったのだ。
「おばあさんの口は、どうしてそんなに大きいのー? それはね、おまえを食べるためだよー!」
 ごろんと寝転んで、姪っ子は楽しそうに『赤ずきん』の絵本を読んでいる。子どもの扱いに慣れていない私は、どうやって遊んだらいいのかと頭を悩ませていたが、絵本があれば特に私が何かしなくても大丈夫そうだ。絵本に飽きてしまったら、テレビで子ども向けの番組を見せればいい。アニメのビデオも、ちゃんと用意してある。
 特にすることのない私は、ニュースを見ようとテレビをつけた。その瞬間目に飛び込んできたのは、暗闇で何かが爆発するゲーム画面みたいな映像。それから、隊列を組んで歩く、武器を抱えた兵士たちの映像。悲しいけれども、もう見飽きた映像だ。また、何処かの国で内戦でも起こったのだろうか。
 テレビの映像に集中していた私は、姪っ子がいつの間にか静かになっていたことに気が付かなかった。振り返ると姪っ子は絵本を閉じて、食い入るようにテレビの画面を見つめていた。まだ幼稚園に入学してまもない子どもでも、この映像を見て感じるものがあるのだろう。姪っ子の目は真剣だ。私は、なんだか姪っ子がとても可哀相に感じられてきた。
「チャンネル変えようか。この時間は、何がやってるのかな?」
 訊ねてみるが、姪っ子は答えない。精悍な顔つきの兵士たちを、ただじっと見つめているのだ。困った私が、適当にチャンネルを変えてしまおうと思ったときだった。
「ねぇ、おばさん。どうして、人には大きなつめがないの?」
「大きな爪?」
 不思議な質問に首を傾げる。姪っ子は問いかけを続けた。
「それからね、どうして人には、するどい歯がある大きな口がないの? オオカミさんにはちゃんとあるのに」
「だってそんな物、あったって仕方ないでしょう。使わないもの」
 微笑みながら、私は優しく答える。しかし、姪っ子は腑に落ちない様子だ。
「だけど、人は、たたかうんだよ?」
 姪っ子はテレビの兵士たちを指さした。
「たたかうのに、どうしてつめや歯がないの? どうして、てっぽうをもたなきゃいけないの?」
「え…?」
 姪っ子の顔を見て、私は固まった。
「ねぇ、どうして?」
 何処までも純粋に、姪っ子は私に答えを求める。残酷な世界の現状を心の中で呪いながら、私はゆっくりと言葉を紡いだ。
「人間はね、本来、戦うために生まれたわけじゃないからよ。戦う必要はないの」
 幼い眼差しの前で、私は少し泣きたくなった。

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