残酷な運命 〜癒せぬ傷〜


「――つまり、ここは傷を癒す光を求める場所なんだ。過去さえ忘れてしまえば、誰だって幸せになれる」
 行く当てもなく彷徨さまよい、 すがるような気持ちで訪れた酒場の若い主人は、青年にそう説明した。
「傷を癒す光を、求める…」
傷だらけの青年の心に、その言葉は魅力的に響く。しかしその一方で、青年には分かっていた。
この傷が本当に癒されることなど有り得ないのだ。ここにあるのは虚像ばかりなのだから。
 ――偽りの理想郷など、壊してしまった方がいい。
 それなのに青年は今、涙を流すことしか出来なかった。
「そうやって泣いて、徐々に忘れていけばいいんだよ」
 そう言葉をかけてくれる酒場の主人が、自分の殺すべき相手であることを青年は理解している。
 それなのに、今は――
「もう、独りになんかなりたくない…!」
 残酷なほど素直に、自分の弱みをさらすことしか出来なかった。


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