残酷な運命 〜孤独な王〜


 レントが手をかざすと、老人の遺体は光の粒子となり、弱く握った左手の中に澄んだ宝石を創り出した。 残ったのは包丁と、流れた血液だけだ。
「…そこで何をしている!」
レントはハッと振り返る。鋭い青の双眸そうぼう。 こちらを睨んでいるのは、自分とあまり歳の変わらない少年だ。
「………」
包丁を握ったままの手に、自然と力が籠もる。
 彼が帰ってくる前に終わらせてしまうつもりだったのに。老人と長話をしすぎたらしい。
「レント! どうしてアンタがここにいる! ジジィに何をした!」
 一国の王である自分に、このような口を利ける人間は限られている。レントを睨みつけるのは紛れもなく、今ではたった一人になってしまった肉親だった。
「殺したのか!?」
 少年は床の血とレントの持つ包丁とを交互に見つめ、鋭い目を一層研ぎ澄ます。対するレントは、涼しい瞳で少年を見つめ返した。
「彼は命令に背いた。だから、当然の処罰を」
「それだけじゃないんだろう!? 王が自ら手を下す理由が何処にある! 俺が苦しむところでも見たいのか!」
 少年の言葉が、痛みを伴ってレントの胸に染み込んでくる。思わず叫びたくなったが、理性を保ち、レントは沈黙を守った。
「それをどうするつもりだ?」
 少年がレントの手許を覗き込む。レントの『凝縮』の魔力で創り出した石――ソーサリー・ストーンと呼ばれるものだ。先程の老人の魔力を結晶化させたものである。
 レントは少年の質問に答えなかった。
「何のためにその石を創った?」
 少年が再び問う。レントは、今度は返す言葉がないが故に沈黙した。
 はっきり言って、こんな石を創る必要はなかった。それでも自分が老人の魔力をここに留めたのは、何故だろう。 無理に答えを出すならば、救われたいと願ったからだろうか。
「その石を渡せ。アンタには必要のないものだ」
「『拡散』の魔力を持たない貴方には、意味のないもの」
「それでも俺には必要なものだ!」
 少年の目に殺気が滲む。 険しい眼差しに一瞬ひるんだレントの隙を衝いて、少年は駆け出し、無駄のない動作でレントの右手を払った。 包丁が手を放れ、唯一の武器を失う。 再度生まれた隙につけ込み、少年は容赦なくレントの鳩尾みぞおちに蹴りを入れた。
「ッ!」
 抵抗できず、床に転がる。少年はレントが取り落としたソーサリー・ストーンを拾い上げ、冷たくレントを見下ろした。
 少年とレントの歳の差はたったの一歳だ。体格にもほとんど差はない。育った場所も同じだ。しかし、その力の差は歴然だった。
 当然だ。周囲からの期待のされ方が違うのだから、鍛えられ方が違う。
 息を詰まらせて咳き込んでいると、不意に馬のいななきが聞こえた。
「迎えの馬車か? よくこんな所まで連れてきてもらえたな、レント」
 レントはよろめきながら立ち上がり、少年を睨んだ。
「俺に気に入られれば、 おこぼれにあずかれると思っているのだろう。 家臣は俺の手足のように動く。……いずれ戦場に送ってやるが」
 感情が高ぶり、口調が乱れる。少年は眉をひそめた。
「レント、サバハに降伏しろ。国も人民もボロボロだ。これ以上戦ったって意味がない。失うだけだ、何もかも」
 少年の言葉が、レントの頭の中で不気味に反響した。レントの全身が強張る。殴られた痛みなど忘れ、放心状態でレントは少年を見つめた。
「本気で言っているのか…!?」
「本気だ」
 少年の口振りには揺るぎがない。それが、恐ろしかった。
「この国は疲弊しきっている。どちらにしても、勝ち目がないのは分かっているだろう?」
 レントは、少年を睨め付けるだけで答えない。 
「……理想郷を創るんだってな」 
 長い沈黙の後で、レントは呟いた。
「ジジィに聞いたのか?」
「シャングリ・ラ。傷ついた民が安らげる場所。…くだらない」
 レントの一言に、少年は怒りを露わにする。
「くだらない、だと…!? アンタには分からないのか! この国の人間が、どれほど苦しんでいるか!」
「痛みなど知らないくせに、何故貴方がそんな口を利く!! 偽りの理想郷など、俺が壊してやる!!」 
「レント…!?」
 少年は打ちのめされたように押し黙る。レントはその顔から目を逸らし、ドアに向かった。これ以上、この男の話を聞きたくない。
「…貴方を、ゆるさない」
 振り返らずに言い捨て、レントは主を失った家を出た。 


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